童謡 唱歌

 

赤い鳥小鳥

赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた

作詞

北原白秋(18851942)

発表

1918(大正7)

 

鳥は本来赤い色素を持たないので、赤は食べ物によって摂取、発色する。

動物園などで、フラミンゴに赤い色素が含まれない餌を与えると白くなってしまう。

白や青は構造色。餌と無関係。

 

かごめかごめ

作詞

古くから知られ、地方により歌詞が異なる。

昭和初期に、山中直治により記録された千葉県野田地方のものが全国に広まった。

発表

 

かごの中の鳥

 

「かごめかごめ」発祥の地とされる、千葉県野田市

千葉県野田市にある愛宕神社には、籠の中の鳥の彫刻があり、「軍鶏」。

他に、「籠女の中にいる胎児」説など色々ある。

 

鶴と亀

 

鶴と亀の部分は明治以降に作られた。

 

かなりや

「四番」

唄をわすれた金糸雀は 象牙の船に 銀の櫂 

 月夜の海に浮かべれば 忘れた唄をおもいだす

作詞

西條八十(18921970)

発表

1919(大正8)

 

日本初の童謡

 

当時は飼い鳥ブームだった。

 

「唄を忘れたかなりや」は、西條八十自身のこと。

詩人を志していた西條八十、しかし14歳で父を亡くし、兄は借金を作って失踪。家族のために自分が働かなければならない。いつ認められるか分からない詩人生活を呑気に続けられなくなった。母や兄弟を養うため、意に沿わぬ仕事に追われ、詩人を志しながら詩を書く暇さえ無い。そんな苦悩の渦中の詩。

 

良い環境に置いてあげれば、かなりやも人間も忘れた歌を思い出す。

だからそれまで待ってあげなさい。

もがき苦しんでいる人に手を差し伸べてあげることのできる、やさしい人間になって欲しい。

そんな思いで、この童謡を作った。

 

かもめの水兵さん

かもめの水兵さん ならんだ水兵さん 白い帽子 白いシャツ 白い服

 波にチャプチャプ うかんでる

作詞

武内俊子(19051945) 

発表

1937(昭和12)   戦前の童謡レコードで売り上げトップ。

場所

神奈川県横浜市メリケン波止場

特徴

作られたのは19339

ユリカモメはまだ渡って来ていない時期。

全体的に白色

水上に浮かぶ

群れで生息

種名

ウミネコ

 

ちんちん千鳥

ちんちん千鳥の 啼く夜さは 啼く夜さは 硝子戸しめても まだ寒い まだ寒い

作詞

北原白秋(18851942)

発表

1921(大正10)

場所

特徴

チンチンと鳴く

夜に鳴く

種名

小型のシギの可能性も

 

『千鳥の鳴き声は、親の無い子が月夜に親を探している声』という言い伝えがある。

 

山口仲美氏は、『ちんちん千鳥のなく声は』で、『チドリの声は高く細く透き通っていて、間断なく鳴く。それはきれいな鈴の音を思わせる。』と書いている。

 

 夏は来ぬ

卯の花の匂う垣根に 時鳥はやも来鳴きて 忍び音もらす 夏は来ぬ

作詞

佐佐木信綱(18721963)

職業

歌人、国文学者

出身

三重県

発表

1896

 

歌人なので、万葉集にも良く使われる題材で日本的美意識を継承している。

卯の花+時鳥  水鶏

場所は京都府の大原説も

「夏は来ぬ」の「ぬ」は打ち消しの助動詞ではなく、完了の助動詞で、「夏が来た」の意。

卯の花(ウツギ)は匂いがない。

香りがするという意味ではなく、花が盛りに咲いているさま。

万葉集には「卯の花」を詠んだ歌が24首あり、18首がホトトギスと共に詠まれている。

ウツギの垣根

古くから垣根に用いられた。「垣根」といえばウツギを意味するほど一般的だった。

月の満ち欠けを基本とする旧暦では、同じ月日でも年により季節がずれる。

農作業には植物の開花や渡り鳥の飛来が良い目安になる。

ホトトギスには、早苗鳥や田長鳥、勧農鳥の別名もある。

ホトトギスの聞きなしに「田を作らば作れ、時過ぐれば実らず」もある。

『ホトトギスが忍音をもらす』ので、季節は初夏

 

七つの子

 なぜ啼くの は山に 可愛 七つの 子があるからよ

作詞

野口雨情(18821945) 

発表

1920(大正10)

特徴

山に巣がある

 

カラスが産む卵は35個。

七歳のカラスはもちろん大人。

七歳説

金田一晴彦、野口存弥(野口雨情の三男)、長田暁二(評論家)

 

『七つの子』とは、人で言えば七歳くらいの可愛い盛りの子という意味。

七五三の行事もある。

子供=七つの子というのが枕詞のように使われていた。

作者の野口雨情がこの歌を作ったのは、職探しの長い旅に出る時で、七歳の自分の子(雅夫)を強く抱きしめた。

離れれば離れるほど深まる親子の愛と、息子への慈しみをカラスに託し、歌を作った。

 

七歳は「ななつ」と言うが、七羽は「ななつ」と言わない。

七羽説

藤田圭雄、古茂田信男 岩井護

 

大正十年七月号の挿絵に七羽の子烏の絵がある。

大正十四年の『童謡と童心芸術』で、「向こうの山にたくさんの烏がいる」という気分をうたったと雨情が書いている。

 

七羽では調子が良くないので七つにした。

 

元歌である『山烏』という詩は長男が生まれる前に作られた。

 

雨情会の公式見解では『どちらの解釈をしてもよい』。

 

前後に「ア列」のリズムが繰り返されているので、「六つ」や「五つ」では崩れてしまう。

 

『山の古巣に』とあるが、カラスは古巣を使わない。

故郷が忘れられないことを『鳥は古巣に帰る』と言い、あらゆるものはその根元に帰ることのたとえ。

 

兵庫、広島県ではカラスの声を「かわい」と聞く。

種名

ハシブトガラス?

 

鳩ぽっぽ

ぽっぽ 鳩ぽっぽ ぽっぽぽっぽと 飛んで来い お寺の屋根から下りて来い

 豆をやるから みなたべよ たべてもすぐにかへらずに ぽっぽぽっぽと 鳴いて飛べ

作詞

東くめ(18771969) 

発表

1901(明治34)

場所

上野の浅草寺

特徴

ポッポ ポッポと鳴く鳩ということで、一番近い声がシラコバトといわれている。

シラコバトは江戸時代末までは関東一円に生息していた。

第二次世界大戦以前は、埼玉、千葉、東京に多数生息という説も。

明治時代に上野の浅草寺で詩を作ったので、ドバトの可能性も。

わらべ歌で、「父っぽっぽ、母っぽっぽ」があり、このわらべ歌の影響?

東くめの生まれは和歌山県。子供の頃に聞いたキジバトの声?

種名

ドバト?

声はキジバト?

 

日本で初めての口語体の童謡

十年後の1911年、歌詞が良く似る「鳩」が作詞者不詳で発表された。

 

浜千鳥

青い月夜の 浜辺には 親を探して 鳴く

 波の国から 生まれ出る 濡た翼の 銀の色

作詞

鹿島鳴秋(18911954)

六歳の時に父親が失踪。間もなく母親は再婚し他家へ行ったため、祖父母に引き取られた。

『千鳥の鳴き声は、親の無い子が月夜に親を探している声』という言い伝えがある。

発表

1919(大正8)

場所

浜辺(新潟県柏崎市番神海岸)

(千葉県和田の花園海岸説も)

季節

6月頃? (俳句で千鳥は冬の季語)

作ったのは昼

特徴

銀色の翼

夜に鳴く

種名

ミユビシギ冬羽は銀色に近い感じ。

多くのシギは、翼の下面が白っぽい。

小型のシギの可能性も

 

鳩ととんびと

鳩ととんびと

きじとつばめとうぐいすと

かりがねの鳴き声は

かりがねの鳴き声は

ピーピ ピーピョロリンケン (カリガネとトビ?)

クークク          (鳩?) 

ピーピョロリンケン     (トビ?)

ケンとケンチャクチャクと  (キジ?)

チャーチクツングルリンと  (ツバメ?)

ホーホケキョ        (ウグイス)

イッチン ニッチン     (ホオジロ?)

トッチントンチャク     (ホトトギス?)

ツングリマングリホー

ホホー           (フクロウ?)

 

 

「三番」

雨がふります 雨がふる けんけん小雉子が 今啼いた

 小雉子も寒かろ 寂しかろ

作詞 北原白秋

松原遠く 消ゆるところ 白帆の影は浮かぶ 

干網浜に 高くして は低く 波に飛ぶ 見よ昼の海 見よ昼の海

作詞 小山作之助?

からすの赤ちゃん

からすの赤ちゃん なぜなくの こけこっこの おばさんに

あかいおぼうし ほしいよ あかいおくつも ほしいよと かあかあ なくのね

作詞 海沼実

かりがね

わたる月夜の かりがねさん 水瓜盗人 みつけたら

 がんがんがんと 鐘ならせ

 

荒城の月

「二番」

秋陣営の霜の色 鳴きゆくの数見せて 植うるつるぎに照りそいし

 むかしの光いまいずこ

作詞 土井晩翠 場所 一番は福島県の鶴ヶ城、二番は仙台の青葉城跡 季節は秋

里の秋

「二番」

あかるい あかるい 星の夜 鳴き鳴き 夜鴨の 渡る夜は

 ああ とうさんの あの笑顔 栗の実 食べては おもいだす

作詞 斎藤信夫 千葉県成東市生まれ 東北の片田舎をイメージし作詞

雀の学校

チイチイパッパ チイパッパ

の学校の先生は むちを振り振り チイパッパ

作詞 清水かつら 「むち」とは教鞭で、黒板を指し示すもの。

砂山

海は荒波 向うは佐渡よ すずめ啼け啼け もう日はくれた

 みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ

作詞 北原白秋 場所は新潟市寄居浜 季節は冬

早春譜

春は名のみの 風の寒さや 谷の 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず

 時にあらずと 声も立てず

作詞 吉丸一昌 大分県生まれ 夏目漱石に英語を教わった

一時居を構えた安曇野の風景 1912112日完成

本格的な春の訪れを「春告げ鳥」のウグイスに託した詩。

宗谷岬

「三番」

幸せ求め 最果ての地に それぞれ人は 明日を祈る

 波もピリカの 子守のように 思い出残る 宗谷の岬

流氷とけて 春風吹いて ハマナス揺れる 宗谷の岬

作詞 吉田弘 季節は早春

蝶々

「二番」

おきよ おきよ ねぐらのすずめ 朝日のひかりの さしくぬさきに 

ねぐらをいでて こずえにとまり あそべよすずめ うたえよすずめ

作詞 「一番は野村秋足」「二番は稲垣千頴」 季節は春

どこかで春が

「二番」

どこかで雲雀が 啼いている どこかで芽の出る 音がする

作詞 百田宗治

とんび

とべとべとんび 空高く なけなけとんび 青空に

 ピンヨロー ピンヨロー ピンヨロー ピンヨロー たのしげに 輪をかいて

作詞 葛原しげる

波浮の港

磯のの鳥ゃ 日暮れにゃ帰る 波浮の港にゃ 夕焼け小焼け

 明日の日和は ヤレホンニサ 凪るやら

作詞 野口雨情

冬景色

さ霧消えゆる湊江の 舟に白し朝の霜

ただ水鳥の声はして いまだ覚めず岸の家

 

啼きて木に高く 人は畑に麦を踏む

 げに小春日ののどけしや かえり咲きの花も見ゆ

作詞者不詳(武島羽衣?) 1913年発表

もずが枯木で

もずが枯木で 鳴いている おいらは藁を たたいてる

 綿挽車は お婆さん ゴットン水車も まわってる

作詞 サトウハチロー 

夕焼小焼

夕焼小焼で 日が暮れて 山のお寺の 鐘がなる

 お手々つないで 皆かえろ と一緒に 帰りましょう

作詞 中村雨紅 生家は東京府南多摩郡恩方村の宮尾神社 季節は秋

ゆりかごのうた

ゆりかごの うたを カナリヤが うたうよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

作詞 北原白秋 

 

 

 

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